痩せの大食い

                 作品50



 「おい、お前よく食うな!馬鹿の大食いとは

お前のためにある言葉だなぁ」

と、友人はあきれながら言った。

彼は、お情けで入った三流大学の7年生である。

背は175cmあるが、体重は45kgしかな

い。ほとんど骨と筋しかないほどのガリガリ人

間である。しかし食事時はいつも大盛りを注文

し大量に食べる。三度の飯は当然として、間食

はいつもしているようにも思える。あの食欲か

ら類推するとどうみても、どこかできつい運動

をしているか、あるいは夜になると地下鉄工事

のバイトをやって旨いものを食うための金を稼

いでいるのだろうなどと、あらゆる憶測と噂が

彼の回りには渦巻いていたが、その事実を知っ

ている人は誰一人としていなかった。友人達で

さえも、彼の行動について確かな情報を持って

いる者もいなかった。

 彼は、孤独を愛し、一人でいることが多かっ

た。友人と話をしていても、ふっと一人離れて

何処かに行ってしまい、しばらくたつと知らな

いうちにまた戻っているような変わった人間で

ある。

 一見して彼は変人である。変人と言ってしまっ

ては人聞きが悪いが、何人かのグループでいる

と目立つユニークな人物でもあった。

 また彼は、温和で人なつっこく他人には決し

て悪い印象を与えない性格の持ち主でもある。

      

 ただ少々成績が良くない、と言うよりはかな

り悪かった。

 大学教授の父親は、息子をふがいないとさえ

思っていた。なにしろ、どんなに色々な事を教

えても次から次へと忘れてしまうからである。

自分の子ではないのではないかと母親を疑って

みたこともあったほどである。

 何年か過ぎた。

 彼は、お情けで単位を無事取り終えて大学を

卒業し、ある商事会社にコネで入っていた。生

活は平々凡々として、ぼーっとただ会社と自宅

の間を往復しているだけの無味乾燥な日々を送っ

ていた。

 ところが、入社して3年目に何の前触れもな

く彼が賢くなったのである。かなりの量の知識

が彼の脳から溢れ出てきたのである。



     ◇    ◇    ◇

 彼の父親は理論物理学者であった。それと同

時に超常現象あるいは非科学現象に興味を持っ

ていた。

 特に若い頃は、UFOの写真やタイムマシン

に興味を持っていて自分でも作ってやろうと実

験を繰り返していた時期もあった。しかしその

実験は長くは続かなかった。

 というのは、タイムマシンの実験中に、実験

の成功と同時に自宅の実験室が消失してしまっ

たからである。機械類もさることながら設計図

などの重要書類も全て失ってしまったが、彼は


満足であった。彼にとっては、実験室が消失し

たこと自体が彼の理論と実験の成功を示す事だっ

たからである。

 次の瞬間には、彼の興味は別の研究に移って

いた。実験室の消失などは苦にはしていなかっ

た。

 ところが、この実験室消失事件には副作用が

あったのである。それは、彼の生殖細胞に異常

をもたらしたことであった。その後生まれてき

た子供には、その異常が受け継がれたのである。

その異常とは、部分的タイムスリップと言って

いいだろうか、その一つは頭に入っていく知識

が、未来のある時点の脳に入って行く事であっ

た。

 20年間にわたって彼の父親が行なった教育

はかなりの量でかなりの質であった。父親は、

壁に向かって講義を行なっているのと同様であ

るのにもかかわらず何から何まで教えた。その

教育は忍耐でもあった。その知識が今彼の脳の

中で爆発したのである。

 彼は会社でも一目おかれるようになり昇進し

ていった。課長、部長と重要なポストになった

が彼は飽きたらず自分の会社を作った。

 若き社長の誕生だった。

 そしてその会社は成功した。全てのことが彼

の考え通りに仕事が運んだ。もう一つの副作用

は、予知能力なのかもしれない。彼は、さらに

業務を広げ会社も新しく幾つか設立した。

 30才の誕生日の日、彼はぜいたくな造りの

 書斎で噛み砕かれた食べ物に埋まって死んでい

た。

 20年余りの彼の食べた筈のものが、一挙に

胃の中に戻って来たからである。そうです最後

の副作用とは、食べていた物が30才の誕生日

の胃に向かって入っていったことだったのです。

       −おわり−

              作 水野 真

 


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