バラの花

                作品 99

 今日は、大好きな祐子さんのお誕生パーティ

ーだ。彼女はとってもかわいくてやさしい心を

持っているのでみんなの人気者である。そんな

彼女が子供のころからバラが大好きであること

を知っている僕はバラの花束をプレゼントした。

「お誕生日おめでとう」

「ありがとう、わぁっ、バラね、嬉しいわ」

彼女は花束に顔を近付けた。

「あらっ」

彼女はちょっと怪訝(けげん)そうな顔をして、

バラの花を一本抜き取った。

「バラの匂いがしないので造花かなと思ったの、

でも、トゲがあったのでやっぱり本物なのね」

「僕は造花なんてプレゼントには使わないよ」

ちょっとむかついた声になってしまった。

「あたし、部屋にバラを飾るのがなによりの楽

しみなの知ってるでしょ。でも、その楽しみが

近ごろ薄れてきたの」

「どうしてだい

「だって、バラなのにバラらしい香りが薄れて

きているんですもの」

花束を目の前に突き出した。

「うーん、そういえばそうだね。バラってのは

植物性香料の代表でさ、香りの女王といわれて

いるけど、いまどきの花屋に出回っている切り

花用のバラは、あまり匂わないようだね。これ

から香水をとるわけではないのだから、匂いな

んかどうでもいいというんだろうね」

心の中では、彼女の気に入るバラを調達出来な

かった自分を責めていた。

「そんなぁ。ひどいわ」


「バラづくりは品種改良の連続なんだ。年に何

十種と新種がつくられるっていうんだからすご

いよ。だから、バラ色ってどんな色だったかな、

なんて思うくらい色は豊富だし、100枚近い

花弁をもつ大輪だってあるんだ」

「ふーん」

「品評会がいい例なんだけど、審査の対象とな

るのは色や形、あるいは大きさだけで、香りは

あまり問題にされないんだ。商品となると、さ

らにそこに生産性のよしあしが加わって、切り

花としては1本でも多くとれる品種が必要とさ

れるんだ」

「最近のバラから香りがなくなった意味がなん

となく分かったわ」

「そうなんだ。さらに、花は香りで虫を呼ぶだ

ろ。虫は香る花にミツのあるのを知って群がり、

そのために花粉が雌しべについて受精するんだ。

けれども、ビニールハウスの中では虫はいらな

いだろ。どうせ1回きりの花のいのちだから、

受精の必要がないんだ。だから香りなんてどう

でもいいってことらしい」

「悲しい現実ね」

「そう。秋の澄んだ空気は、より遠くへ香りを

運んでいくけれど、目に見えない香りは、目に

あざやかな色や形に押されてしだいに消え去っ

ていくってことだね」

「わたし、泣きたくなったわ」

「だめ、だめ。今日の主役は君なんだ。バラよ

りも綺麗で、そしてその美しさは古今東西変ら

ない君の誕生日なんだ」

「あらあら、そうなるの」

「実はね、家の庭にとっておきのバラがあるん

だ。本当はその花をもってきたかったんだけれ

ども、先日花が散ってしまったので今日の贈り

物は花屋の花束になってしまったんだ」


「そうだったの。で、とっておきのバラって?」

「芳純という名のバラで、育種の大家が気品の

ある香りを求めて作ったものだからすばらしい

香りなんだ」

「それほしいわ」

「そうだね、今度わけてあげよう」

「わぁっ。嬉しいわ」

「さぁ、こんな雑談してないでパーティ、パー

ティ」



 彼女は、僕のあげたバラに水をやり、肥料を

やって愛情をこめて育てた。5月頃から咲き始

め、あまいけれども、きつくはなく、やわらか

く人の心を包む香りを放った。何よりも、彼女

の子どもの頃のなつかしいバラの香りがあった。



「バラの香りありがとう」

「バラは君にとってもにあっているよ。バラの

美しさの要素には色・形・香があるんだ。君に

はその全てが備わっているからね」

「お世辞いっても何もでないわよ」

「えっ、残念」

「でもねえ、香りってすっごく大切なのよ」

「どういうふうに?」

「ジャスミンの芳香は気分を一新させるし、夏

の北海道をいろどるラベンダーの香りは心を落

ち着かせるのよ」

「ふーん」

「ジャスミンの場合はコーヒーを飲んだ時の約

2倍も気分を高める働きがあって、ラベンダー

は逆に、鎮静の効果があるのよ。その学名は《

洗う》という意味のラテン語と関係があるらし

いわ。これって、疲れをいやすための浴用香料

に使われたためらしいの。それから、乾燥させ


たラベンダの花をまくらやにおい袋に入れる習

わしもずいぶん昔からあったようよ」

薬学に堪能な祐子さんはものをよく知っている。

「そうそう、エリザベス1世はラベンダーのジャ

ムが大好きだったなんて話しも聞いたことがあ

るな」

僕の場合は雑学でろくなことを知らない。

「それは知らなかったわ。でも、香りによって、

気分を一新させたり、落ち着かせたりするって

現代社会にとってすごく重要だと思うの」

「そうだね、いわゆる『香り療法』というやつ

かな。西洋医学の強い薬を飲まないで、心の中

から治療をするって感じでね」

「アロマコロジーっていうのかしら、それ。で

も、植物ってすごいのね」

「すごいさ、鼻も耳も持っている植物もあるか

らね」

「えっ、うそー」

「うそじゃない。植物同士の会話だってあるん

だから」

「信じられないわ」

「たとえばバラに含まれているシトロネロール

という香料成分をクチナシの葉に吹きつけると、

特定の反応がでるという話しだ。つまりクチナ

シは、匂いを知る働きを備えているということ

なんだ」

「それって、クチナシだけでしょ」

「いやいや、他の植物でも程度の差はあれそれ

ぞれの匂いに反応したんだ。しかもきわめて微

量の匂いをかぎわける力をもっていることもわ

かったそうだ」

「うそみたい。でも、これを応用すれば、匂い

感知器ができるわね。たとえば果物や魚肉の生

鮮度をたちまち見抜いてくれる測定器とか、患


者の吐く息の中にある微量成分を教えてくれる

臨床用の検知器なんて」

「そのうちにきっとそういうのが出来るよ。そ

れから、植物は音にも反応するんだ。騒音を流

すと生体電位に特定の反応があるし、音楽を流

すとこんどは別の反応があるんだ。たいこの音

や雅楽のような音楽の時は反応は大きいけれど、

モーツァルトの場合はむしろ反応が少ないなん

てね。サボテンなんかテレパシーまで受けちゃ

うんだから」

「これもうそみたい」

「信じなさい。信じれば救われる」

「なに馬鹿なこと言ってるの」

「それからね、ポプラって知ってる?」

「馬鹿にしないで、知ってるわ」

「ポプラは虫に襲われると大気中に苦みをもっ

たガスをだすんだ。それを知った周りのポプラ

も苦みをもった物質をだして虫を防ごうとする

んだって」

「さっき言ってた植物にも会話があるって話?」

「そう」

「うそみたいな話ばっかり」

「信じなさい。信じれば救われる」

「またぁ。・・・あのぉーねぇ、なんでそんな

に植物のことに詳しいのぉ?」

「あれっ、ばれちゃったかな」

「えっ、やっぱり」

「そうなんだ」

「ほんとうに?」

「うん」

「あなた、ひょっとしたら植物人間なんでしょ」

「・・・あたり」

「証拠を見せてちょうだい」

「・・・証拠? 証拠ねぇ」


僕は、戸惑っているふりをした。

「違うんだぁ」

「分かった、分かった。証拠を見せてあげよう」

僕は、近くに置いておいたカッターナイフでい

きなり左腕に傷をつけた。

「きゃー、やめて!」

祐子さんが叫んだ。

「ノープロブレム。植物人間はこんなことでは

へこたれない」

腕の傷口からは緑色の血がにじみでていた。

「えっ、うそ、うそ、うそ。血、血が・み・ど

・り」

彼女の顔が一瞬青くなった。

「どうだい、僕が植物人間だって納得する?」

「おかしいわぁ」

彼女はじっと僕の腕の傷口を見つめた。

「やっぱりおかしいわ」

「どこが?」

彼女は僕の腕の傷を手でこすった。

「ほら。どこにも傷なんてないじゃないの」

「あはははは。ばれちゃった。この前友達を引っ

かけようと用意しておいたのがこんなところで

役に立つとは思わなかったよ。ひっかかるはず

の友達は都合で来れなくなっちゃったんで、い

つか誰かをひっかけてやろうと思ってたんだ。

カッターナイフの先端からピーマンのジュース

が出るようにしておいたんだ。本当はちゃんと

ジュースが出るかどうか冷や汗もんだったんだ」

「やっぱり。子供だったら絶対に信じちゃって

るわよ」

「むかし、手品師になろうと思ったこともある

んだ。でも、不器用なんでやめたんだ」

「そうでしょ。すぐに見破れたんですもの」

「失敗、失敗。しかし、よく植物人間って言葉


が出たね。僕が言い出そうと思ってたのに」

「あたし実は・・・・」

「えっ、なんだい」

「実は、植物人間なの。だからテレパシーでわ

かっちゃうのよ」

彼女は嘘や冗談を言ったときには舌をぺろっと

だす癖がある。だから、これはすぐに嘘だと分

かった。

「まいった。まいった」

笑いながら言うと。彼女も笑顔で返してきた。

でも、本当にどうしてあの言葉が出てきたか不

思議だった。愛情テレパシーってやつかもしれ

ないと脳裏をかすめた。

「ところで、例のバラの花はどうなった?」

「9月になったらもう花は終りなのね」

「ところがだよ」

「えっ」


「10月に入って新芽がでてくるんだ」

「うっそー」

「春や夏のバラのつぼみは、開きかけたらさっ

と開くけれど、立冬をすぎてから咲くバラは、

ほころんでから何日もかかって、開くんだよ」

「これ本当かしら?」

「なんで疑うんだい」

「いつも騙したり冗談ばっかり言ってるから」

「うーん、残念ながらそれは事実だ。でもねこ

れだけは疑わないでほしいんだ」

「なにかしら」

「僕が君を愛してるってこと」

「わぁっ」

「信じてる?」

「もちろん」

「人生バラ色だ!!」

「・・・で、どんな色かしら?」

「えっ!?」





−おわり−

【作・水野 真】


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