ビデオチェッカー

                作品 92



 彼の待っているスペースシャトルはいつもの時

刻に到着しなかった。何か事故でもあったのだろ

うか。宇宙港で彼は恋人の安西由美を出迎えてい

たのである。

 一昔前の到着時刻変更は大事故につながってい

る場合が多かったが、近ごろの宇宙船は安全性が

増し、さらに時間的精度も抜群になってきている

から、まず大事故は考えられない。

 最近のスペースシャトルの到着時刻変更はわが

ままな乗客のせいであることが多い。たとえば、

家に忘れものをしたからちょっと待ってくれとか、

サービスが悪いからここで降ろしてくれ、とかで

ある。宇宙空間で降ろすことはできないから、一

人の乗客ぐらいならば、なだめてなんとか飛び続

けるのだが、最近の乗客は質が低下してきていて、

集団でこれをやるのである。もうこの会社のは乗

らない、別会社のにすると言って脅して料金を値

切るのである。武器を使った乗っ取りとは違って

御客相手だから難しいことになる。口コミであの

会社のサービスは最低だという噂が流れたらたまっ

たものではない。小さな宇宙旅行会社が乱立して

いる今日では、乗客は神様なのである。

  彼は到着予定時刻をオペレータ・センターにコ

ネクトして調べた。ほんの一時間遅れだった。大

きなトラブルではなかったようだ。そして、待に

待った由美がロビーに顔を出した。

「一時間遅れね。待った?」

「待ったと言えば待ったけど、待っただけ今は君

に会えた嬉しさが百万倍になっているよ」

「嬉しいわ。私もあなたに早く会いたかったわ」

「ところで、何故スペースシャトルが遅れたか知っ

ているかい。酔っぱらいでも騒いだのかい?」

「良く知らないわ。でも、犯罪には関係ないみた

い。だって、宇宙港に戻ってすぐにまた出発した

んですもの。警官とか人の出入りは誰も無かった

わ」

「ふうーん、なんだか不可解だけど君に会えたん

だらいいよ」

「ええ、そうね。とにかくあなたの家に行きまし

ょう。久しぶりの旅行で疲れたわ」

「いけない。忘れてた。ごめんね。さあ、荷物を」

「荷物は後からあなたの家に届けるようにさっき

手配しておいたわ」

「へえー。手回しがいいなあ。でも、宅配を頼ん

だと言うことは持てないほどの荷物なのかい」

「そんなことないわ。流行なの。こういうのがお

しゃれなの」

「そんなものかなあ」

「おじんには分からない事なの」

「まあいいさ、今車を呼ぶからちょっと待ってて」

「車を呼ぶって、あなた車持ってないの?」

「勿論持ってるさ。道端で口笛を吹くと車が来る

のさ」

「すっごぉーい」

「そんなことないさ。流行だよ。こういうのがお

しゃれなんだ」

「わたしの真似しないで。その後で、『おばんに

は分からない事なのさ』なんて言うんじゃないの」

「図星だ。でもね、本当は流行でも何でもないん

だ。俺が組み込んだ、ただのおもちゃさ」

「なあんだ、新しい流行かと思ってわくわくして

損したわ。さあ、とにかく、家に行きましょう」

 彼は、宇宙港のゲートに立つと口笛を吹いた。


すると最新型の車が音もなくやってきた。

「すっごい車ね」

「まあね」

彼は、彼女のためにドアを開けた。



 宇宙港のそばの公園を過ぎ、そのさきの大きな

左カーブを抜けるともうそこは高速道路だった。

彼は新車を一気に加速してその本線の流れに入っ

た。

 由美は彼の車がうまく流れに乗ったので安心し

たように軽くため息をついて、ちらりと彼の方に

目をやった。

 彼は、それに気付いたのだろうか、音楽のスイ

ッチを入れた。

 由美は、色白のよく整った顔立ちで、巧みな薄

化粧がひきしまった表情に似合っていた。だが、

別の角度からみると冷たい感じのする美人に見え

るかもしれない。しかし、つき合ってみるととっ

てもいい娘である。

 青のワンピースがほっそりとした体に妙にマッ

チしていて、見ている人には心地よいだろう。旅

の疲れが出たのだろう、かすかに寝息をたててう

つらうつらしている。

 彼は、車にマップ指定をし終えると、全自動に

セットした。窓の外は、超スピードのため景色ら

しい物は何も見えない。彼は暫く目をつむった。

ちょっとのつもりだったがそのまま寝てしまった。

しかし、後は自宅の車庫まで自動操縦で車が連れ

ていってくれるから心配はない。



 二人はガラスのテーブルを挟んで向き合って柔

らかいソファに座っていた。

「どうだい、寝る前にちょっと酒でも。ビール、

ウィスキー、ブランディ、梅酒に滋養強壮ドリン

クまである」

「あたし最近あまり飲まなくなったの」

「本当かい、君の学生時代の時のあの飲み方で飲

まれたらすぐに在庫がなくなっちゃうよ」

「失礼しちゃうわ。でも、そうかもしれないわ」

「どうする」

「そうねえ、在庫が無くならない程度にちょっと

だけいただくわ」

「なにがいい」

「ビールがいいわ」

うなずいた彼は、部屋のドアのそばにある小型の

冷蔵庫のドアを開け、缶入りビールを取り出した。

そのうちの一本を由美に渡して、テーブルのソフ

ァに座った。缶ビールを由美は乾杯の仕草でかか

げ、ビールを喉に流し込んだ。

「ああおいしい。ここの星のビールってとっても

おいしいのね」

「ああ、特産の場所があってね。ホップがとても

いい味をだすんだ」

彼は、そのビールが地球からの輸入品であること

を故意に隠した。

「地球を離れたって実感がわいてきたわ」

由美は、再びビールを飲んで缶ビールをテーブル

に置き、冗談めいた口調で、

「ちょっといいかしら」

と、由美は言った。

彼は、何の事か分からず、

「どうぞ」

と、答えた。

由美は、ソファに座ったまま青のワンピースを脱

いだ。

「ありがとうございました。やっと飲んでる気分


になれたわ」

彼は、下着姿の由美を見て昔を思い出した。

「いや、宇宙の旅は疲れただろう。そろそろ寝た

ほうがいいよ」

「だめ。ウィスキーがいい」

昔から由美は酒癖が悪かったのを彼は覚えていた

のである。特に特に下着姿になってからの由美は

人が違ったように変身するのだった。

「わかった、わかった。起きたら飲ませてあげる

から」

「だめ、飲むの」

 彼は、なんとか由美をなだめすかしてベッドル

ームに連れていった。由美は暫く抵抗していたが、

旅の疲れがでたのだろうかすぐに布団の中の人

となった。



 次の朝、由美は寝室から下着姿で眠そうな声で

出てきた。

「おはよう」

朝食の支度をしていた彼は、

「おっ、まだ寝ていてもいいんだぞ」

と、やさしく言った。

「ううん、いい匂いがするんですもの、おなかす

いちゃうわ」

「そうさ、いつもは合成食なんだけれども今日は

特別に本物の料理だ」

「えっ、本当。地球でもめったにありつけないの

に。すごいわ」

「君のために、一ヶ月前から注文しておいたのさ」

「ありがとう、うれしいわ」

「着替えてきた方がいいよ」

「でも、荷物がまだ届いてないみたいなの」

「ああそうだ。君の荷物は昨日遅くなってから着

いたよ。なんか、空港でトラブルがあって遅れた

んだってさ」

「ああよかったわ。どこかしら」

「まだ、玄関ホールに置いてある」

「気が利かないんだから」

「君を起こしちゃ悪いと思ってね」

「あたし、一度眠ったら爆睡なのよ。起きるわけ

ないわ」

「ああ、そういえばそうだった。事故で墜落した

ロケットの破片が隣の家に落ちて火事になったと

きもぐっすり寝ていたって話だったね」

「よく覚えているわね」

「そういうことは何故かよく覚えているんだ」

 由美は、荷物を部屋に持って行ってラフなTシ

ャツにジーンズという格好で出てきた。

「わあ、おなかすいたわ。もう食べていい」

「ああ、いいとも。ちょうど出来上がったところ

さ」

 二人は簡単だけれども、本物の料理という意味

で豪勢な食事をした。

「あたし、覚えてるの」

「何を」

「この前来たとき、広いお庭があったわね」

「今もある」

「でも、ものすごく荒れていたわ」

「忙しくてね、手入れをしている暇がないんだ」

「人を雇えばいいじゃない」

「いや、この星じゃそういうことは出来ないんだ」

「何故」

「何故って、俺が決めたことじゃないから分から

ない」

彼は自分が物臭なことを隠したかったのである。

「お庭いじっていい」


「どうしたんだ。君にそんな趣味あったっけ」

「ううん。なんとなくそんな気分なの」

「いいよ。好きにしていいよ」

「わあ。ばんざい」

 食事を終えると由美は庭に出た。

「ほんとにいいのね。好きにして」

「ああ、嘘は言わない」

「あのね。今日一日だけわたし一人にしてくれる

?」

「ええっ。まだろくに話もしていないのに」

「そうだったわね。でも、いつも電話で話してい

るから特別話すことなんて無いんじゃないの」

「そんな気もする。話をしようとするとするほど

話題が頭に浮かんでこない。しばらくいるのだし、

今日話さなければならない話なんて無いから俺は

向こうでビデオでも見ているよ」

「あれっ。仕事はいいの?」

「今、アルバイトでビデオの批評を書いているん

だ。それといっしょにビデオのチェック」

「へえー、面白そう。チェックってなにかしら」

「3Dビデオにもコマーシャルが入るようになっ

てから、悪質な手を使った宣伝が多くなってきた

のさ。それを摘発するのさ」

「ふうーん、悪質な手って?」

「初めは、昔流行ったように連続したコマとコマ

の間に一コマだけCMを入れて購買心を促進する

心理学を利用した方法だった。しかし、この種の

CMは禁止されていたし、摘発も簡単だった」

「今はどうなの?」

「そうだね、例えばハードウェアと連動してコマ

ーシャルを作るやつ。作るだけじゃなくて、心理

学的な統計に基づいて一番効果のあるタイミング

で放映するんだ。それもソフトを買った人には気

付かれずにね」

「すっごーい。どうやってそういうのを作るの?」

「3Dビデオの原理を知っていれば大体推測でき

るけどね。これは、秘密」

「分かったわ、コマンドパケットを利用している

んでしょ。暗号化して」

「幼稚なのはね。でも、なんで分かった?」

「えっ、ちょ、ちょっとね」

「じゃあ、仕事にかかるから」

「はあい。またねー」

「なんか変だね。同じ家にいてまたねって言うの

は」

「そうね、でもなんて言ったらいいのかしら」

二人は必死にいい言葉を考えたが、結論はでなか

った。

「まあ、とにかく昼食と夕食は一緒にとろう」

「ええ」

 彼は、自分の仕事部屋に戻った。由美も自分の

部屋の戻って荷物の中をガサゴソやりはじめた。



 夕方になった。彼は由美のために特別の夕食の

料理を作っていた。当然手に入りにくい地球直輸

入の材料を使って。

 由美は庭から戻ってきた。

「ねえ。ちょっときてみて」

「ああ、なんだい」

「いいから、庭を見て」

「おっ、すごい。まるで庭園だ。向こうの奥の方

は日本庭園になってる」

「あれっ、なんか変だな」

「どうかした?」

「いや、ちょっと」

 ビビビーー、ビビビーー


 けたたましく警報のブザーが鳴った。

「どうしたの」

「悪質ビデオチェッカーが見つけたのさ」

「何を」

「悪質なCMだよ。あれっ、でも、今はビデオを

つけてないのになあ」

 彼は仕事部屋に行った。警報をだしている悪質

ビデオセンサーは冗談で付けた庭のものだった。

彼は、急いで庭に出た。そこに咲いている花はみ

んな触れることのできるものではなかった。3D

プロジェクタで作った架空の空間だったのである。

「おい、由美。これはどういうことだい?」

「ごめんなさい。騙すつもりじゃなかったのよ」

「庭を好きにしていいって言ったのは俺だから、

文句は言えない。庭をプロジェクタのスクリーン

にするのもかってだ。しかし、悪質ビデオチェッ

カーが警報を出したのは何故だい。あの警報は最

新のCM削除防止機能付きの最悪の奴にチューニ

ングしておいたやつだ。どうして警報が出たか説

明してもらおう」

「あら、こわい顔して。いい男がだいなしよ」

「そんなことどうでもいい」

「おお、こわっ。みつかっちゃったのなら仕方が

ないわね。天下の悪質ビデオCM制作会社の社長

は私なのよ」

「冗談だろ」

「実はディレクターなの」

「またぁ」

「本当は、制作エンジニアなの」

「本当かい」

「今度こそ、本当」

「ということは、俺の敵って事じゃないか」

「そうね、私の作ったCMをあなたかプロテクト

を外しているなんて信じられなかったわ」

「どおりで、3Dビデオの原理を知っているはず

だ」

「あれは失敗だったわ。そして、ビデオにいつも

のようにCMを付加しちゃったのも」

「ところで、3Dスクリーンの後ろには何がある

んだい。何かを隠すために偽の花園を作ったんだ

ろう」

「すべて、お見通しなのね。スイッチを切るわ」



と、由美は近くの壁のスイッチを切った。

 そこには、いつのまにかがっしりした家が建っ

ていた。

「おいおい、なんだいこれは。君の家かい」

「そう、私の家。縮小化してスペースシャトルに

のっけたの。そしてそのために、原因不明の質量

オーバーでパワーアップブースターを必要とさせ

た張本人は私よ。多分、空港の荷物のトラブルっ

てのもこれが原因かもしれないわ」

「そうか、これで納得がしてきた。でも、何故、

ここに君の家を建てなければならないんだい」

「正確に言えば、これは私の仕事場。新しいCM

を開発する研究所なの。地球で足がつきそうだっ

たからこっちに本拠を変えようと思って。とりあ

えずってとこね」

「しかしねぇ。それを取り締まっているのは俺な

んだぜ」

「私も驚いたわ。麻薬の仲買人が麻薬Gメンと鉢

合せしたよりももっとびっくりしたわ」

「いや、おかしい。辻褄が合っているようで合っ

てない。君にそんな犯罪が出来るはずがない」

「あら、そうかしら」

「君は、学生時代から人を担ぐ癖があった。証拠


を見せよう」

彼は、壁のもう一つのスイッチを切った。すると、

由美の家は消えて無くなった。

「二重の3Dスクリーンを張るのは大変だったろ

う」

「どうして分かったの」

「今のスペースシャトルにはパワーアップブース

ターなんて無いよ。少々のことでは質量オーバー

なんて起きないからさ」

「せっかく、面白いお話を作ったのにもうばれち

ゃうなんて」

「でも、なんで悪質ビデオチェッカーが警報を出

したのだろう。これだけは分からない」

「簡単よ。あなたが夕食を作り始めたときに、あ

なたの仕事場からビデオカセットを拝借したのよ。

最悪CMって書いてあるのをね。それで、裏の3

Dスクリーンに写しておいたの。だから警報が鳴

ったのよ」

「そうだったのか。しかし、何故こんなに凝った

トリックで俺をひっかけようとしたんだい」

「それはねえ」

由美は、壁のスイッチをいじった。再び例の綺麗

な花園が蘇った。

「覚えていない? この景色」

「さて」

「あなたが初めてデートに誘ってくれたときの公

園よ」

「あっ、そういえばそうかもしれない」

「男って忘れっぽいのね」

「女ってそういうことはよく覚えているんだね」

「だからー」

「だから?」

「いじわるっ」

 由美は、ぷんと怒って自分の部屋に戻って行っ

た。彼は、由美の言いたいことは分かっていた。

彼女にいっぱい食わされたので、ちょっと意地悪

をしたかったのである。彼は、意固地になった由

美を庭に連れ出した。

「どうだい、俺についてこないか」

「それ、プロポーズのつもり?」

「ああ」

「月並みな言葉だったけど、嬉しいわ」



 二人はこうしてその星で仲よく暮らしたのでし

た。



                             −おわり−


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