ラブ・コンサルタント・マシン

                作品 88



 僕は桂子さんが大好きだ。彼女に恋している。

でも彼女は僕を何とも思っていないようである。

それどころか、何故か僕を避けているようにも思

える。多分これは被害妄想だと自分に言い聞かせ

ているのだが、いまいち納得がいかない。とにか

く、彼女に愛していることを打ち明けなければな

らない。



 「やっぱりここのコーヒーとってもおいしいわ。

豆の挽き方が違うのよ」

「そうだね、ここの店のコーヒーを口にしたら他

の店に行く気がしなくなるのも当然だよなぁ。君

はいつものマンデリンかい?」

「そう、私、マンデリン大好き」

「僕は、桂子さんが大好きさ」と、小声で言った。

「あら、どさくさ紛れに何か言ったかしら?」

「あっ、いや何でもないさ」

「何かとっても気になるわ。追求しちゃおうかし

ら」

「追求するほどの事でもないよ、桂子さんは美人

だなって言っただけさ」

「ありがとう。でも、マンデリンとどういう関係

があるの?」

「関係が無いから、何でもないって言ったのさ」

「ふーん、でも私にはもっと違ったように聞こえ

たわ」

「へーえ。どんな風に?」

「桂子さんが大好きって」

「そういえば、そんなことを言ったような気もす

る」

「何言っているのよ、ちゃんと聞こえてるんだか

らとぼけないでよ」

「たはははは、ばれたか」

「ねぇ、ねぇ。隣のおばさん達キャバイわよ」

「えっ、どれどれ」

 結局、話がそれて彼女の本心を確かめることは

いつもできないでいる。電話を掛けても、話して

いるうちに何故かはぐらかされてしまう。歯痒い

なんてものではない、精神衛生上も良くない事態

である。ちゃんと答えてくれないのは他に好きな

男がいるからだろうかと、独断の結論を下してし

まう。



 「わっ」

「おっとっとっと、ああ驚いた」

「えへへへへ」

桂子は、愛らしい口からちょろりと舌を出した。

「ぼおっとして、歩いてるんだから。何を考えて

たの?」

「桂子と同じことさ」

「わぁー、いやらしい」

「そんなに、いやらしいことかなぁ」

「ありがとう」

「えっ、何の事?」

「ひ・み・つ」

 僕は、桂子のいたずらっぽい目をのぞき込んで

真剣に言った。

「秘密があっても、桂子が大好きだ」

「好き・好きって馬鹿の一つ覚えみたいに言わな

いでよ」

「うん、でもね、それ以外に適当な言葉が見つか

らないんだ」

「愛してるって言ってみて」

「あ・い・し・て・る」

「心がこもってないんだからぁ。もう一度」


「桂子、愛してる」

「だめ、だめ。もっと心を込めて!」

 結局、こうやって僕は桂子に遊ばれてしまうの

がオチなのである。

そんなある日、久しぶりのゆっくりとした休日の

ことである。



 《ピンポーン》

「毎度有難うございます。AI商事でございます」

「なんだい、押売はお断りだよ」

「押売ではありません。使用して頂いた結果お金

を払うべきだとお感じになった場合にのみお金を

頂きます」

「それじゃあ、儲らないんじゃないかい?」

「いいえ、お客様全員満足をなさって謝礼金まで

下さる方もいます」

「AIと言えば、人工知能のことだよな。僕は機

械音痴で、特にコンピュータが大嫌いなんだ。生

意気な冷たい金属の塊に知能なんてあってたまる

かい」

「どうもすみません。多少人工知能も関係有りま

すが、この商品の取扱は非常に簡単でございます」

「だめ、だめ。機械自体が嫌いなんだ」

「でもお客様、AIは人工知能を表すとともに愛

情の愛も意味しているのですよ」

「くだらないゴロあわせだな」

「いいえ、本当なんです。当社の主力商品は愛情

製造機ですから」

「非常識な、愛情が機械で作れるはずがないぞ」

「ええ、ごもっとも。おっしゃる通りでございま

す。わが社の装置はそういう非常識なものでは有

りません。ところで、統計的に現代人は愛情の表

現方法が下手になってきているのが問題になって

いるのをご存じでしょうか。ですから正しく適切

な結婚というものが数少なくなってきているとい

うことを意味しております。逆に言いますと離婚

率が増加しているということです」

「あのなぁ、まだ結婚もしてない者に離婚率の説

教しても始まらないぞ」

「そうですね。ああそう、独身率も増加しており

ます。ですから、正しい愛情表現がなされれば結

婚もでき、幸せな家庭が作れるというものなので

す」

「そりゃそうだ。ところでその愛情製造機という

のは、どういう働きをするんだい?」

「やっと話に乗って下さいましたね。わたくしは、

この愛情製造機という名前は重々しくて好きでは

ないのですが仕事ですから仕方なく使っています。

しかし、実際の機能から名付ければラブ・コンサ

ルタント・マシンです。つまり、彼女と愛の語ら

いをする場面になったとき最高で最適の言葉と行

動の方法を瞬時にデータベースを基本として検索

し、シミュレートして成功した場合、その方法を

お教えするというものです。ですから、無駄な時

間を費やさずに彼女とゴールインできるのです」

「そうか、そんな画期的な方法があったのか」

「ええ、この装置は特許に値する物なのですが、

秘密に行動をしないと効果が期待できませんので

わざと特許申請はしておりません。この装置は超

小型で、耳の中に装着致します。ですから他人に

はいっさい分かりません。また、バイオテクノロ

ジーで作ってありますのでX線などでも分かりま

せん。内耳から直接あなたの脳にコンタクトして

最適な愛の方法を作りだします」

「す、すごい。素晴らしい装置だ。ところで、彼

女とゴールイン出来なかったら支払いはしなくて

もいいんだね」

「ええ、その通りでございます。支払い金額は、


結婚式の費用の5%をいただければけっこうです。

いまだかつて失敗した例はございませんが、駄目

だった場合はお金を請求致しません」

「では、買うことにしよう」

「お早い御決断恐れ入りました。お買い上げを感

謝致します」

と、言ってそのセールスマンはポケットから小さ

な容器を取り出し、なにか小さな物をピンセット

で挟んで僕の耳の中に入れた」

「この装置は、自動的に三半器官の中にセットさ

れます。少しじっとしていて下さい。。……はい、

これでもうあなたは愛のプロフェッショナルです。

意中の彼女の所に行ってごらんなさい」

 僕は、半信半疑で桂子さんの家に行った。

桂子さんは、いつもの爽やかな顔で出迎えてくれ

た。桂子さんとの会話は、非常にスムーズに出来

た。話題も尽きずに、楽しく時を過ごすことが出

来た。桂子さんもこんなに充実してお話出来たの

は初めてだと言ってくれた。それもそのはず、耳

の中のあの装置が話題が尽きそうになるとそっと

ネタを提供してくれるのだからだ。それから、変

な話題になりそうになるとそっと軌道修正してく

れる。言葉によるコミュニケーションが愛の第一

段階なのである。

 あのセールスマンの言うことには、その装置は

愛の各段階を、最小のエネルギーでクリア出来る

ようにプログラムされているということである。

だから、僕は急速に彼女と親密な関係になること

ができた。



 その装置の御利益は絶大だった。しばらくして、

僕は桂子さんと結婚することになった。有名なホ

テルで結婚式を挙げた後、その夜はそのホテルに

泊まることになっていた。次の日は、オーストラ

リアにハネムーンなのである。結婚披露宴に疲れ

きった二人は、熱いお茶をゆっくりと飲んでいた。

 トントントン

ドアにノックの音。今ごろ誰だろう、いたずら好

きの相原の奴かな? なんて、思いながらドアの

覗き穴から相手を見ると、それは例のセールスマ

ンだった。AI商事の。

 〈なんでこんな時に来るんだ〉と内心思いなが

ら、渋々ドアのロックを解いた。

「あの、お金を請求してもよろしいでしょうか?」

「すばやい登場だね。引越しと同時に来る新聞屋

の勧誘員みたいだ」

「よく言われます。でもこの時を逃すと支払いを

渋る人がいますからね」

「そんなものですか。でも僕はちゃんと払います

よ。効果抜群でしたからね」

「それは恐れ入ります」

「あなた、お客様だあれ?」桂子がドア口にやっ

てきた。

「あら、あなたは」

「奥様、ご結婚おめでとうございます」

「料金の請求かしら」

「はいそうです」

「おい、どうなっているんだ」

「偶然にも、お二人ともラブ・コンサルタント・

マシンをお買い上げ頂いたわけです。ですから超

スピードでゴールインできたのです」

「約束どうり支払いましょう」

「どうもありがとうございます」

 僕と、桂子は別契約なので損をしたような気持

ちも無いわけではなかった。

そのセールスマンはお金を受け取ると新しい提案

をした。

「お二人に装着してあるソフトウェアはゴールイ


ンまで機能するようになっております。つまり今

日までです。如何ですか、新しい契約をなさって

は」

 僕と桂子は顔を見合わせた。

「縁起でもないことを言わないで下さい。僕と桂

子との愛は永遠なんだから」

「ええ、そうよ。愛し合ってるんだから」

「分かりました。正しい判断だと思います」

「おいおい、そんなに簡単に引き下がってもいい

のかい? まがりなりにもセールスマンだろ」

僕は、言ってからしまったと思った。ひょっとし

たらまた契約することになってしまうからだ。セ

ールスマンはゆっくりと落ち着いた口調で答えた。

「はい、そうですがもうお二人には必要が無いと

思いまして」

「どうしてだ、未来が分かるのか?」

「それこそ、愛情製造機以上に非科学的です。そ

うですね、料金を頂いたので全てをお話しましょ

う」

「なにか、隠してることでもあるのですか」

「実は、超小型のラブ・コンサルタント・マシン

というものは実在しないのです」

「ええっ! 私達を騙していたのかい?」

「悪く言えばそうなりますが、超小型でないラブ

・コンサルタント・マシンは実在します」

「どこにですか?」

「実は、私自身がAI商事から派遣されたラブ・

コンサルタント・マシンなのです」

「と、言うことは僕達を耳の中に装着した機械で

リモートコントロールしていたんだな」

「人権侵害よ!」

「あれですか? あれはだだの塵です」

「ゴミィ?」

「そうです、あなたが嫌いな機械はいっさい使用

しておりません」

「あら、そうしたらどうやって私達をゴールイン

できたのかしら」

「そのへんはAI商事の企業秘密に関わることな

のですが、簡単に説明しますと、愛情は深層心理

に内在しているものなのです。愛情表現が下手と

いうのは心の中にそれが深く深く押し込められて

いるからなのです。愛情表現だけでなく、他の人

間性に関係するいろいろな要素も一緒に入り込ん

でいる場合もあります。原因はたぶん現代人の心

が物質文明に押し詰められているからなのでしょ

うが、わがAI商事ではこの深みにはまった愛情

を表面に持ってくる超心理学治療アンドロイドを

開発いたしました。私の事ですが。私はお二人に

対してある特殊催眠音波を用いて深層心理の改造

を行なったわけです」

「むつかしくて、よくわからないわ」

「早い話が、暗示をかけたのです」

「うーん。分かったような分からなかったような」

「ところで何で新契約の話をしたの?」

「あれは、治療の結果、適切な深層心理の形態に

なっているかのチェックをしたのです」

「なーんだ」

 僕達は、よく分からないがなんとなく納得した。

AI商事のセールスマンは一仕事を終えたので

部屋を逃げるように出て行った。それを見た桂子

は呟いた。

 「あのセールスマンきっと人間よ」

「何でだい?」

「アンドロイドがアンドロイドに暗示をかけられ

るはずがないじゃないの」

「そうだ、そう言えば僕もアンドロイドだった」

 二人は、顔を見合わせた。そして押し殺したよ

うに笑いころげた。


「結局、詐欺に引っかかったのね」

「いや、詐欺じゃなかったのかもしれない」

「そうね、でも、どうであれ私達は愛し合って結

婚できたのだからハッピーには違いないわ」

「うんその通りだ。人間だから詐欺にひっかかり、

人間だから愛がある。そうだろ? 僕達は、絶対

に赤い糸で結ばれているんだ。ラブ・コンサルタ

ント・マシンが有ろうとと無かろうと結局は一緒

になっているのさ」

「なんだか臭い台詞だけど、真実ね」

「桂子」

「なあに」

「愛してる」

「わたしも」



 二人の接吻は全てを語っていた。二人の愛は人

工の物ではなく、本物の愛だったのである。



                             −おわり−


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